五島列島の南半分を占める五島市。この地域には昔から伝わる独特な伝統行事がいくつかあります。それぞれ特徴のある衣装を身に着けて、踊ったり気勢をあげたりします。その中には国の重要無形民俗文化財に指定されているものも。いったいどんな伝統行事なのでしょう。
五島市下崎山町に伝わる「ヘトマト」は、毎年1月に行われる「奇祭」ともいわれる伝統行事です。この行事は相撲から始まり、そのあと5つのイベントが続きます。
・相撲:大人から子どもまで参加でき、参加者は神社の境内に作った土俵で相撲をとり、それが終わると皆、町の中に移動していきます。
・羽根つき:会場に2メートルくらいの距離をとって2つの酒樽が置かれ、その酒樽の上に既婚の女性が立ち、羽根つきをします。
・ヘグラ塗り:ヘグラとはススのこと。ふんどし姿の男性がススの入った容器を持ち歩きながら仲間の男性や見物客にススを塗っていきます。この時はみんなススを付けられないように叫び声をあげながら逃げ惑うので、会場が盛り上がります。最後にはたくさんの人の顔や体が真っ黒!
・玉せせり:縄を何重にも巻いて、さらに取柄を付けて作った藁玉を奪い合うイベントです。昔はこの競技によって、捕獲した鯨の取分を決めたそうです。
・綱引き:青年団と消防団が競いますが、目的は豊作と大漁を占うことです。
・大草履:藁で作った巨大な草履を数人の若者が担いで、未婚の女性を見つけては草履の上に乗せ気勢を上げます。ヘトマトのメインイベントになっています。この後、大草履は白浜神社に奉納。ちょっと変わったまさに「奇祭」ヘトマト。この伝統行事は、国の重要無形民俗文化財に指定されています。
写真提供:五島市
縄で作った藁玉を奪い合う「玉せせり」。
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ヘトマトのメインイベントに使われる「大草履」。
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大草履に未婚の女性を乗せて気勢をあげます。
「大宝の砂打ち」は五島市玉之浦町大宝地区の伝統行事です。毎年旧暦の9月28日・29日に行われます(西暦では10月下旬〜11月上旬)。この行事のメインイベントは「サンドーラ」と呼ばれる「砂鬼」が砂の入った器を持ち歩き、見物人にその砂を打ち付けて無病息災、疫病退散などを願うものです。サンドーラは頭に藁で作った帽子のようなものをかぶり、顔や手足にはススを塗りつけているので、見るからに怖い鬼のよう。
初日は夜神楽が行われ、翌日は30人ほどの町民が列をなして町内を練り歩きます。この列にはアカオニ(猿田彦)を先頭に、獅子頭や神主、巫女、太鼓・笛などからなり、また、魚や農機具を担いで歩く人も含まれています。そして列の最後にいるのが砂鬼サンドーラです。列は町の中心まで来ると、サンドーラが前に躍り出て、見物人に砂を打ち付けます。サンドーラを見た子どもの中には泣き出す子どもも。
その他、町内の各地で田を耕したり、種や肥料を巻くなどの農作業の様子を面白おかしく披露し、豊作を願います。「大宝の砂打ち」は1979年に国の選択無形民俗文化財に指定されました。
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「大宝の砂打ち」では、猿田彦が先導する行列が町内を練り歩きます。
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サンドーラと呼ばれる砂鬼たち。
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サンドーラは見物人に砂を打ち付けて無病息災を祈祷します。
五島市には昔から伝わる念仏踊りがあります。例年お盆の時期に行われ、地区によって「オーモンデー」「オネオンデ」「カケ」などの名前が付けられています。どの踊りも鉦(かね)や太鼓をたたき念仏を唱えながらその地区を歩き回り豊作を祈ったり、亡くなった人の霊を慰めます。地区によって、念仏や踊りのグループの構成、そして身に着ける服装などはそれぞれ違っています。ではひとつひとつ紹介しましょう。
オーモンデーは五島市の嵯峨島に伝わる念仏踊りです。鉦をたたく人が唱える念仏の中に「オーモンデー」という言葉があるためそれが名前になりました。意味は不明です。念仏の調子はアルプスのヨーデルに似ています。
グループの構成は鉦たたきが4人、踊り手が10〜12人です。踊り手は紙で作った五色の兜をかぶり腰に藁をつけ首から下げた太鼓をたたきながら円陣を作って踊ります。オーモンデーは1971年に国の無形民俗文化財に指定されています。
写真提供:五島市
県の無形民俗文化財に指定されているオーモンデー。
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踊り手は神で作った五色の兜をかぶります。
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円陣を組んで鉦の音に合わせて踊ります。
「オネオンデ」は五島市富江町に伝わる念仏踊りです。オネオンデとは「出ておいで」という意味。昔農家の人たちの撒いた種の芽が早く出るようにという願いをこめて言った「おねよね」から派生したものだと言われています。他の念仏踊りと同じように、頭に独特の被り物を乗せ、藁とカラフルな布で作ったスカートのようなものを腰に巻き、鉦と太鼓をたたいて念仏を唱えながら踊ります。身に着ける衣装は地区よって多少異なっています。
以前は富江町の藩主のお墓や神社などに踊りを奉納していましたが、今は、初盆の時にお墓の前で亡くなった人のためにこの踊りを披露しています。また、昔は富江町の各地区でオネオンデが踊られていましたが、現在は、山下地区と狩立地区だけにしか残っていません。踊り手は山下地区が中・高校生、狩立地区は小学生です。
写真提供:五島市
五島市富江町に伝わるオネオンデ。
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独特な衣装を身に着け鉦と太鼓を鳴らし、念仏を唱えながら踊ります。
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この踊りは、富江町では山下地区と狩立地区で保存されています。
もう一つの念仏踊りは玉之浦に伝わる「カケ」。この踊りは、毎年8月14日に玉之浦町の西方寺を出発して町内を回り始めます。踊りのグループには小学生も参加し鉦やわらじを持つ役を担当。出発した時は1つのグループですが、途中で2つに分かれ、全部でカケ踊りの披露を希望する約100軒の家を回り、最後に西方寺で合流します。こうした家の他、観音様や薬師寺堂などでも踊りを奉納しますが、お墓では行いません。
カケの踊り手は紫色の兜の上に色鮮やかなかざりが付いたものを頭にかぶり、緑に染めた藁のミノを腰に巻いています。
五島市に伝わる奇祭や風習、そして念仏踊りなどの伝統行事を紹介しました。どれもユニークで貴重なものばかりですね。現在、各地区に保存会があってこうした伝統が途絶えないよう保存しています。ぜひチャンスを作り出かけて見物してみましょう。
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玉之浦に伝わる念仏踊り「カケ」。
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色鮮やか飾りを付けた兜が印象的です。
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踊りのグループは一般の家の他、観音様や薬師寺堂などで踊りを奉納します。
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文:Setsuko Truong
メルボルン在住のフリーランスライター。旅とアートが趣味で日本国内・海外あちこち旅してきました。長崎は好きな町の一つ!そんな長崎の魅力をお伝えしたいと思います。
掲載日:
2020/07/03
※掲載している情報は記事公開時点のものです。変更される場合がありますので、お出かけの際には事前に各施設へお問い合わせください。
【ヘトマト】長崎県五島市五島市下崎山町一帯
【大宝の砂打ち】長崎県五島市玉之浦町大宝一帯
【オーモンデー】長崎県五島市三井楽町嵯峨島
【オネオンデ】長崎県五島市富江町
【玉之浦カケ踊り】長崎県五島市玉之浦町玉之浦