長崎県西海市の横瀬浦港は、1562年に平戸港の代わりの港として開港され、ポルトガルの船が入港するようになりました。上陸したうちの一人はイエズス会の宣教師ルイス・フロイス。キリスト教の布教活動が行われるようになり、時の藩主大村純忠も日本で初めてキリスト教の洗礼を受けました。ところがわずか1年で純忠のやり方に不満を抱いた人々が反乱を起こし焼き討ちとなり、横瀬浦の町は消滅してしまいました。この焼き討ちがなかったら、もしかしたら横瀬浦は長崎県の中心になっていたかもしれないとも言われています。
横瀬浦港一帯は現在、公園として整備されています。早速辿ってみましょう。
西海市の横瀬浦は佐世保湾に入って南に2キロほど下ったところにある港町。横瀬浦公園はその港を見下ろす小高い丘の上にあります。ここには横瀬浦の繁栄と消滅の激しく悲しい歴史の跡が残っているのです。
横瀬浦の港から南に少し歩いて行くと石段が見えてきます。それが公園の入口です。(車の場合は丘に沿って道路をぐるっと回った所に駐車場があります。)石段の途中にあるブロンズ像は宣教師のルイス・フロイスの像。横瀬浦公園はとてもよく整備されていて広場もあり、建物がいくつか建っています。春には桜の名所としても知られているんですよ。
©長崎県観光連盟
横瀬浦港近くにある横瀬浦公園の入口
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公園内には広場もありよく整備されています。
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桜の名所としても知られているんですよ
入口の石段の途中に立っている宣教師のルイス・フロイス像は、左手で聖書を抱え右手を開いて差し伸べています。何かを語りかけているいるような様子が伝わってきます。彼は31歳の時にこの横瀬浦港に到着しましたが、日本が彼にとって最初の外国だったと言われています。フロイスは「日本史」という著書を残しています。内容は日本で見聞きしたり体験したことに基づいて、どうやったらキリスト教を布教できるかという考えをまとめたものです。長崎のことについてもいろいろ書いてあるそうで、今では日本語に訳され出版されています。なにやら興味深そうな本!機会があったら読んでみたいですね。
公園内には「天主堂跡の碑」も立っています。実際の天主堂は、公園のふもと、現在アスファルトの道路があるあたりに立っていたと考えられています。横瀬浦は当時この教会を中心としてキリシタンの町として、また交易の町として賑わっていました。
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手を差し伸べて布教するルイス・フロイス像
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フロイス像は横瀬浦港の見える所に立てられています
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「天主堂跡の碑」。実際には公園のふもとの現在道路がある所に立っていたと考えられています。
横瀬浦公園の頂上には展望台があります。教会の建築様式に似た造りになっています。中に入るとステンドグラスもありますよ。展望台からは横瀬浦港や街が一望できます。その風景が春になると桜で彩られまた素晴らしい!
ところで展望台の案内板には「思案橋跡」「丸山跡」「下町跡」「上町跡」と書かれているのですが、こうしたスポットは現在の長崎市にある同じ地名の元祖だったとのこと。「もしかするとここが長崎の中心になっていたかもしれない」というのがわかるような気がしますね。
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教会の建物のように見える展望台。中にはステンドグラスも。
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展望台からは横瀬浦の町並みや港が見渡せます。
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春には桜で彩られた素晴らしい風景が眼下に広がります。
横瀬浦公園の展望台の隣にあるのが「体験学習棟」です。中は資料館になっていて、横瀬浦の歴史的な人物のことやポルトガルの航海の歴史などについて学ぶことができます。展示物の中で注目されるのが大村純忠の肖像画。正確には、ヨーロッパで出版された本の挿絵として描かれています。大村純忠の肖像画や像などは他には何も残っていないそうなので、この挿絵は貴重な資料だと言えますね。
それから展示されているイカリの模型も目をひきます。なにしろかなりの大きさ。ということはこのイカリを付けていた船がどんなに大きな船だったかがわかりますね。体験学習棟では、そのような興味深いものを見ることができます。ぜひ入ってみてください。
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展望台の横に建てられた体験学習棟。横瀬浦の歴史が学べます。
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学習棟の中には大村純忠やポルトガル船に関する資料が展示されています。
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その他貴重な資料に触れることもできるよ。
横瀬浦公園やその周辺で見つかる歴史の跡として、他に「五輪塔群(ごりんとうぐん)」と「思案橋」があります。
五輪塔群は、公園の展望台の下に置かれています。もともと室町時代に仏教におけるお墓や供養塔として作られたものですが、キリスト教の布教が始まると、仏教が否定され破壊されてしまいました。公園近くの田畑などで発見されたものを展望台の下に集めて展示しています。
横瀬浦の思案橋は、長崎市にある思案橋のオリジナルになっているスポットです。橋自体は残っていないのですが、細い川に架かっていた橋の一部が残っていて記念碑が立てられています。
横瀬浦は、キリスト教の布教と交易の中心として栄えました。ところがわずか1年で焼き討ちにあい消滅。横瀬浦公園には、その短い間の横瀬浦のことを示すものがいくつか残されています。この焼き討ちがなかったら、もしかしたら長崎県の中心はこの横瀬浦だったかもしれないとも言われています。ぜひ訪ねてそんな歴史に思いを馳せてみましょう!
写真提供:長崎県観光連盟
文:Setsuko Truong
メルボルン在住のフリーランスライター。旅とアートが趣味で日本国内・海外あちこち旅してきました。長崎は好きな町の一つ!そんな長崎の魅力をお伝えしたいと思います。
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展望台の下に集められた「五輪塔群」。仏教関係のものはキリスト教の布教が始まると破壊されてしまいました。
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長崎市思案橋のオリジナルになっている思案橋の遺跡。公園の近くにあります。
掲載日:
2019/09/03
※掲載している情報は記事公開時点のものです。変更される場合がありますので、お出かけの際には事前に各施設へお問い合わせください。
〒851-3509 長崎県西海市西海町横瀬郷2933-12